広島地方裁判所 昭和42年(ワ)417号 判決 1969年3月18日
原告
岡部隆之
被告
株式会社大同土木
ほか二名
主文
被告らは各自原告に対し、金八三七、四六九円及びこれに対する昭和四二年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告の、その一を被告らの負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、双方の申立
一、原告
被告らは各自原告に対し、金二、八五七、三三七円およびこれに対する昭和四二年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求原因
一、事故の発生
昭和四一年六月一三日午前一〇時三〇分頃、安芸郡矢野町天神通称矢野峠県道上において、被告宮本薫(以下被告宮本と称する)運転の普通自動車(広五は二九―二二号)(以下被告車と称する)が原告運転の自動二輪車(熊野町五三五号)(以下原告車と称する)に衝突し、その結果原告は傷害を受けた。
二、被告らの責任
(一) 被告宮本は被告車を運転し前記道路を北から南に向け時速約三〇キロメートルで進行中、前方注視義務を怠り且つ該道路は幅員も狭いうえ坂道であるにもかかわらず敢えて先行車のバスを追い越そうとして道路中央より右側に出た過失により、南から北に向け進行中の原告車の発見が遅れ、被告車の右前部を原告車右側に衝突せしめたものである。従つて被告宮本は直接の加害者として本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。
(二) 被告株式会社大同土木(以下被告会社と称する)は、被告宮本の使用者であり、右事故は被告会社の業務に従事中の被告宮本の過失ある行為によつて惹起されたものであるから、被告会社は被告宮本の使用者として本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。
(三) 被告此本勉(以下被告此本と称する)は被告車の所有者であり、同被告は被告車を被告会社に貸与し、もつて自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条本文により、被告車の運行によつて生じた本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。
三、損害
原告は本件事故により右腓骨々折兼左下腿擦過傷、右大腿腰部打撲症、頭部打撲症、右小指開放性末節骨々折等の傷害を受け、且つ右小指末節骨中央骨が癒合せず仮関節を形成し、疼痛を残す後遺症となつたため、次の如き損害を受けた。
(一) 治療費
(1) 原告は中村外科医院において、右受傷の日から同年九月一二日まで入院して、また同月一三日から同年一二月七日までの期間に三五日通院して、各治療を受け、合計金四二四、八八九円の治療費等を要した。
(2) 原告は坊田接骨院において、同年八月一八日から同年一一月一八日までの期間に五九日通院して治療を受け、合計金一八、一〇〇円の治療費を要した。
(二) 通院費
原告は中村外科医院に入院中三〇日坊田接骨院に通院したが、右通院のタクシー代として一回往復金一六〇円合計金四、八〇〇円を要し、また中村外科医院退院後、同医院に三五日、坊田接骨院に二九日原告の現住所より通院したが右通院のバス代として一回往復金一〇〇円、合計金六、四〇〇円を要した。
(三) 休業補償費
原告は本件事故当時自ら理容業を営み、毎月少くとも金四〇、〇〇〇円を下らない収入を得ていたところ、右傷害のため受傷の日から同年一二月中旬までの六ケ月間休業し、合計金二四〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。
(四) 後遺症による逸失利益
原告は前記後遺症のため右小指を殆んど使用することができず理容師としての労働力は傷害前に比して二割程度減損したので、事故当時の実収を毎月金四〇、〇〇〇円として毎月金八、〇〇〇円一ケ年につき金九六、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失することになる。而して右後遺症の生じた当時、原告は満二五才の健康な男子であるから平均余命の範囲内で今後なお三八年間は理容師として働くことができ、その間の右逸失利益をホフマン式計算方法により年毎に民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、右後遺症の生じた後である昭和四二年一月一日現在の価額を計算すると金二、〇一三、一四八円となり原告は同額の得べかりし利益を喪失したことになる。
(五) 慰藉料
原告は前記傷害により多大の苦痛を受けたばかりか、後遺症のために生涯その苦痛と戦わねばならず、また被告らは本件損害の賠償について全く誠意なくその精神的苦痛は甚大であつてこれを慰謝するには金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
四、自賠法保険金受領額と被告らに対する請求額
原告は被告らに対し、前項記載の各損害金合計金三、二〇七、三三七円の損害賠償請求権を有するところ、自動車損害賠償責任保険金三五〇、〇〇〇円の支払を受けたのでこれを控除し、被告らに対し、各自金二、八五七、三三七円およびこれに対する不法行為の後である昭和四二年一月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告らの答弁
一、請求原因第一項記載の事実は認める。
二、同第二項記載事実中、(一)の事実、(二)の事実中被告宮本が被告会社の従業員であること、(三)の事実中被告車が被告此本の所有であり同被告のために運行の用に供していたものであること、以上の事実は認めるがその余の事実は否認する。被告宮本は事故当時、被告会社の業務には従事して居らず被告此本の事業に従事中であつた。
三、同第三項記載事実中、原告が負傷入院したこと、は認めるが、原告の理容業による収入額、及び後遺症による労働力低下の割合は否認する、その余の事実は不知。
第四、被告らの主張
事故当時の原告車の進路左側には充分な余幅があつたし見透し可能な場所であるから、原告は徐行し、端を撰ぶ等容易に本件事故を回避しえたにもかゝわらず漫然高速をもつて進行したために本件事故が起きたもので原告にも過失がある。
第五、証拠関係〔略〕
理由
一、事故の発生と被告らの責任について
(一) 昭和四一年六月一三日午前一〇時三〇分頃、安芸郡矢野町天神通称矢野峠県道上において、被告車が原告車に衝突し、その結果原告が傷害を受けたことは当事者間に争いがない。
(二) 又、被告宮本が、被告車を運転し、右道路を北から南に向け時速約三〇キロメートルで進行中、対向車の有無等前方の安全を確認しないまゝ漫然と先行車のバスを追い越そうとして道路中央より右側に出た過失により南から北に向け進行していた原告車の発見が遅れ、被告車の右前部を原告車の右側に衝突せしめたものであること、被告宮本が被告会社の従業員であること、被告車が被告此本の所有であつて同被告のために運行の用に供していたものであることもそれぞれ当事者間に争いがない。
(三) 次に被告らは、本件事故当時被告宮本は被告此本の事業に従事中であつて被告会社の業務に従事していたものではないと主張するが、被告宮本本人尋問の結果によれば、
<1> 被告此本の経営する土木会社である此本組と被告会社とはかねてより取引があり、被告宮本は被告会社の社長の命令によつて昭和四〇年八月から昭和四一年八月まで応援の意味で此本組に派遣され、本件事故は右期間内の此本組の仕事に従事中の事故であること、
<2> 被告宮本は此本組に派遣されていた右期間中もその給料は被告会社で支払い、その他此本組より直接に何らかの手当等を支給されたこともないこと、
<3> 右期間後は再び被告会社に帰社して被告会社の仕事に従事していたこと、
がそれぞれ認められ右認定に反する証拠はないところ、右事実によれば、被告宮本が此本組の事業に従事したのはあくまでも被告会社の従業員としてその指揮のもとにあつたものであるから、被告会社に対する関係においては、被告宮本は民法第七一五条における被用者としてその事業の執行中であつたものと認めるのが相当である。
(四) 右のとおりであるから結局、被告宮本は直接の加害者として、被告会社は被告宮本の使用者として、又被告此本は被告車の運行供用者として、原告に対し各自本件事故により生じた損害を賠償する責任を負うものというべきである。
二、原告の損害
(一) 治療費
〔証拠略〕によると、
(1) 原告は本件事故により右腓骨々折兼左下腿擦過傷、右大腿腰部打撲症、頭部打撲症、右小指開放性末節骨々折等の傷害を受けたこと、
(2) 原告は中村外科医院において右受傷の日である昭和四一年六月一三日から同年九月一二日まで入院して、また同月一三日から同年一二月七日までの期間に三五日通院して右傷害につき治療を受け、金四二四、八八九円の治療費等を要したこと、
(3) 原告は坊田接骨院において、同年八月一八日から同年一一月一八日までの期間に五九日通院して同じく治療を受け、金一八、一〇〇円の治療費等を要したこと、
をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。よつて原告等の治療費等の合計額は金四四二、九八九円となる。
(二) 通院費
前記証拠によれば、原告が中村外科医院に入院中における坊田接骨院への通院はタクシーを利用し、その費用は一回往復につき金一六〇円を要したこと、及び中村外科医院退院後は同医院及び坊田接骨院への通院はバスを利用し、その費用はいずれも一回往復につき金一〇〇円を要したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。而して右タクシーによる通院は前記傷害に照らし、相当なものということができる。
そこで前記認定の坊田接骨院への通院日数五九日のうち中村外科医院よりタクシーにより通院した日数を検討するに、前記認定によれば通院した期間は九三日間であり、ほぼ三日間に二日の割合で通院治療を受けたことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はないところ、坊田接骨院へ通院を始めてから中村外科医院を退院するまでの期間は前記認定によれば二六日間であるから、その間の坊田接骨院への通院日数は一八日と認めるのが相当であり、従つて同接骨院へのバスによる通院日数は四一日となる。よつて原告の右通院費合計額は、
(160円×18回)+〔100×(41回+35回)〕=10,480円
即ち金一〇、四八〇円となる。
(三) 休業補償費
〔証拠略〕によれば、
<1> 原告は本件事故当時父である岡部直之の経営する岡部理髪店で、父及び妻と共に理容業に従事していたが、本件事故により右受傷の日から同年一二月末頃まで六ケ月間右仕事に従事できなかつたこと、
<2> 岡部理髪店では、ほぼ原告の右休業期間、一人の理容師を雇い、昭和四一年度の所得税申告に際しては総収入金額として金八七四、六六〇円、これより雇人費を除く一般・特別経費を控除した所得金額として金六八二、七〇六円の申告がなされていること、
<3> 岡部理髪店の固定客数は月に六〇〇人を下らず、その総収入は現実には月額金一五〇、〇〇〇円以上であつてその三分の一が原告の働きによるものであるが、右収入に対する諸経費の割合は大体前記申告書のとおりであること、
がそれぞれ認められ右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば原告の実収入月額は
150,000円×1/3×682,706/874,660≒39,000円
即ち少くとも金三九、〇〇〇円と認めるのが相当である。従つて原告の前記休業期間の得べかりし利益額は金二三四、〇〇〇円となる。
(四) 後遺症による逸失利益
前記甲第七号証、証人山田良彦の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、
<1> 原告は前記治療終了後も、本件事故による傷害は完全に治癒するに至らず、右小指末節骨中央骨が癒合せず、仮関節を形成し、時々疼痛を感じる状態にあること、
<2> 原告は右後遺症のため、右小指が思うように使えず、理容師としての仕事の能率がやゝ低下したこと、
<3> 岡部理髪店では昭和四二年初頃から岡部直之が病気のため仕事を休み、理容師を一人雇つたが、同年八月からは原告と妻の二人で仕事をしているが、現在でもなお月額金一五〇、〇〇〇円の総収入はあること
がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら本件全証拠によるも、労働能力減退の割合はこれを確定することができないのみならず理髪店としての職業の性質上、生産業と異り労働能力の減退が必ずしもそのまゝ総収入の減少となるものとは認められず、現に右(3)認定の事実によれば総収入の減少は認められないのであるから、前記後遺症ないしこれによる労働能力の減退の事実を慰謝料算定の事情として参酌するは格別、これを理由とする逸失利益の主張はその余の点につき判断するまでもなくその理由がない。
(五) 慰謝料
前記認定のとおり原告は本件事故により傷害を受け後遺症を残しており、多大の肉体的精神的苦痛を受けたことを認めることができ、右傷害及び後遺症の程度、並びに本件にあらわれた諸般の事情殊に後遺症による将来の原告の生活上に及ぼす影響等を考慮すると、原告の右精神的損害額は金五〇〇、〇〇〇円を下らぬものと認めるのが相当でありこの点についての原告の主張はその理由がある。
三、被告らの過失相殺の主張について
被告らは原告にも過失がある旨主張するので検討するに、〔証拠略〕によれば、
<1> 本件事故現場は幅員七メートル余の砂利道であつて、原告車は右道路を南から北に向け進行中、折から道路東側を対向してきたバスがあつたので、これと約二メートルの間隙をおいて離合しようとしたところ、原告車が右バスと離合し終る瞬間に被告車と衝突したものであること、
<2> 現場附近はやゝカーブしておるものの特に見透しの悪い場所ではないが、当日は晴天で進行するバスの後方は砂ぼこりで見透しが悪かつたこと、
<3> 被告宮本は事故現場に至る少し以前に前記道路を北から南へ進行中のバスに追いつき、しばらくその後方を追従したのち、これを追い越そうとして道路中央より右側に出た直後、原告車と衝突したものであること、
以上の事実がそれぞれ認められ、右認定に反する甲第一号証記載部分及び被告宮本本人尋問の結果の一部は信用せず、その他右認定に反する証拠はない。
そうだとすれば原告としては対向進行中のバスの後方から突然自車前方に進出してくる車輛のあることまで予想して運転する注意義務はないのであるから、本件事故は、被告宮本が、先行車を追い越すに際して、対向車の有無等前方の安全を確認する注意義務があるにもかゝわらずこれを怠り、漫然と進路右側に進出した不注意により生じた一方的過失による事故であつて仮に原告車進路左側に充分な余幅があつたとしても、前記事情のもとでは原告において本件事故を回避することは不可能を強いるもので、原告に過失ありということはできないから、この点についての被告らの主張は理由がない。
四、保険金の控除と請求額
以上認定説示のとおりであるから、原告が本件事故により賠償を求めうべき額は前記第二項(一)、(二)、(三)、(五)各認定の損害額(但し慰謝料についてはその請求の限度額)合計金一、一八七、四六九円となるところ、原告が自動車損害賠償責任保険金三五〇、〇〇〇円の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、これを控除した残金八三七、四六九円が被告らに対しなお請求し得べき損害額となる。
よつて原告の被告らに対する本訴請求は右認定の限度でその理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 淵上勤)